なぜ私たちは、こんなに「外見」で苦しむのか。

こんにちは、美容薬剤師の佑(タスク)です。
「もっと綺麗になりたい」、「あの人みたいになりたい」――。
そう思って、ふと苦しくなること、ありませんか。
今日は、なぜ私たちは外見にこんなに悩むのか、そして、どうすれば少し楽になれるのか。
美容を仕事にしている私なりに、考えていることをお話しします。
「美しさ」を求めるのは、本能です
まず、知っておいてほしいことがあります。
私たちが「美しいもの」に惹かれるのは、生まれ持った本能です。
人間は、もともと、健康的で清潔なものを好み、リスクのあるものを避けるようにできています。
若々しさや、健やかな肌、整った顔立ちに魅力を感じるのも、その名残だと言われています。
だから、「綺麗になりたい」と思うこと自体は、とても自然なこと。
それは、決して、あなたが見栄っ張りだとか、浅はかだということではありません。
人として、ごく当たり前の感覚なんです。
なのに、なぜこんなに苦しいのか
では、なぜ今、これほど多くの人が、外見に悩み、苦しんでいるのでしょうか。
私は、その大きな原因は、「比べる相手が、増えすぎたこと」にあると思っています。
昔は、人が出会う相手は、同じ集落の、限られた人たちだけでした。
比べる対象が少なかったから、人はそれほど深く悩まずにすんだ。
でも、今はどうでしょう。
スマホを開けば、SNSには、世界中の「とびきり整った人たち」が、いくらでも流れてきます。
しかも、その多くは、加工され、最も美しい瞬間だけを切り取った姿です。
私たちの脳は、その〝究極の美〟を基準にして、自分と比べてしまう。
本来なら出会うはずもなかった、何万人もの「美しい人」と、自分を並べてしまう。
これでは、誰だって、苦しくなって当たり前です。
「自分なんて」と感じてしまうのは、あなたが劣っているからではありません。
比べる相手が、多すぎる時代を生きているからなんです。
「外見がすべて」になってしまう前に
外見を気にすること自体は、悪いことではありません。
「綺麗になろうと努力する。」
それだけで、人は生き生きとするし、輝くこともある。
私は、その努力を、否定するつもりは全くありません。
ただ、心配なこともあります。
「外見がすべて」、「何でも見た目で決まる」という考えに、とらわれすぎてしまうと、どうなるか。
外見という、終わりのない競争の中で、自己肯定感が下がっていく。
自分の顔が、まるで欠陥だらけに見えてくる。
ある国では、過度な外見へのこだわりが、若い世代の生きづらさにつながっている、という指摘もあります。
美しくあろうとすることが、かえって、自分を苦しめてしまう。
それは、とても、悲しいことだと思うんです。
それでも、変わらない事実があります
ひとつ、私たち全員に、共通していることがあります。
それは、誰もが必ず、歳を重ねるということ。
どんなに美しい人も、どんなにケアをしても、時間は平等に流れていきます。
これは、否定できない事実です。
だからこそ、私は思うんです。
老いに抗って、終わりなく闘い続けるより、自分の歳を受け入れて、その時々を楽しむ。
そういう生き方の方が、ずっと豊かで、ずっと美しいのではないか、と。
実際、自分を大切にしようとしている人は、目が違います。
年齢に関係なく、生き生きとしている人の、その目の輝き。
それこそが、本当の魅力なんじゃないかと、私は思うんです。
(※この「年齢を楽しむ」という考え方については、別の記事で詳しくお話ししています。よかったら、あわせてお読みください。→ 記事下のリンクへ)
「美しさ」は、あなたが決めていい
最後に、一番伝えたいことを。
外見にとらわれて、誰かと比べて、苦しくなる必要は、ありません。
あなたがイキイキと生きること。
あなた自身が、あなたらしく輝くこと。
それこそが、ひとつの「美しさ」だと、私は思っています。
誰かが作った「正解」に合わせなくていいのです。
「美しさ」は、他人が決めることじゃない。
あなたが、自分で決めていいんです。
自分を大切にした、その先に。あなた本来の美しさと、魅力があります。
ー 美容薬剤師 佑(タスク)
─── ▶ あわせて読みたい 「年齢を楽しむ」という考え方|ペース・オブ・エイジング
